反日偽物文化、軽薄コピー文化、繰り返しポピュリズム文化の中村アムウェイ、キリスト教徒、アメリカ軍送信やめろ。

俺が中国人だという嘘の流布の送信やめろ中村。没落して断絶した桓武平氏世田谷喜多見氏=江戸氏の家来の部落民の中村恭己。お前が日本文化わからない反日の部落民だろ。貧乏で幼少時に優れた日本文化に接した体験がないから、西洋王族気取りでリーフの紅茶とピアノだの、キリスト教の白人音楽にすぎないクラシックだの、軽薄コスプレのナチだの、ホモ雑誌「さぶ」の武士プレイの日本刀だの、自殺偽物武士の三島だのを押し付けて、日本の伝統文化、特に仏教文化を破壊しようとしている部落民のアムウェイだろ。

静岡県には大石が非常に多く(静岡県で最多姓12位)、元をたどれば血のつながった一族と思われるが、俺が渡来人の大石村主の子孫というなら、静岡県(駿河・遠州・伊豆)の大石氏全員も渡来人の子孫ということになるが、まったくそのような話は聞かない。掛川の大阪村の大石氏が皇族の末裔というなら隣村にもたくさんいる大石さんも皇族でなければならないが、掛川に皇族の末裔がいるなどと聞いたことは一度もない。静岡県の大石は福岡県の大石神影流の大石(渡来人系か)とも、北条氏とつながりがある関東(八王子)の大石とも、木曽の大石とも、大石内蔵助の滋賀の大石とも、皇族ともまったく関係ない。これら各地の大石氏は、静岡県に32500人いる大石氏の巨大さに比べてごくわずかな人口の塊(福岡県に8600人)にすぎない。大石氏の人口の中心は静岡県であり、末端の大石が静岡の大石と同族であると決めつける、尻尾が体を振り回すような虚説は通らない。江戸時代まで苗字を名乗ったのは人口の1割に満たない武士・貴族だけであって、人口の大半を占める百姓は名前のみで苗字を名乗ることが許されてない。しかし今の日本人全員が苗字を名乗っているのは、明治になって百姓にも朝鮮人にも苗字が許されたためで、各自自由に選べたから、相互に血縁のない同姓が日本にはたくさんいる。そもそも同姓だというだけで部落民だと決めつける差別は近年中村が発明したデタラメだ。部落差別とはごく特定の地域の出身者を指す地域差別であり、掛川市の松下さんは部落民でも、門真市の松下さんが部落民とは限らない。

https://myoji-yurai.net/myojiPrefectureDetail.htm?myojiKanji=%E5%A4%A7%E7%9F%B3&prefecture=%E9%9D%99%E5%B2%A1%E7%9C%8C

https://myoji-yurai.net/prefectureRanking.htm?pref=22

(製鉄・製刀・乗馬技術が大陸から渡ってきたので、鍛冶屋や刀という道具を使いこなす技術者=剣術家や乗馬をこなす武士が渡来人である例が多い。戦国武将の大内氏が百済人であるのと同じ。日本に原生馬はいなかったが奈良時代に乗馬技術と一緒に大陸から渡来した。)

検索で大石神影流とその創始者の大石進(大石種次)が現れるようになったのは最近のことで、俺がブログに書いてからだ。すでに情報操作が始まっている。今、静岡の剣道関係者の大石が「福岡の大石神影流と関係がある」などとと嘘をいっているだろうが、静岡では大石進の名も大石神影流の名前も全く知られていなかった。俺が剣道をやっても「お前は大石神影流の大石氏?」などと剣道関係者に聞かれたこともなかった。福岡の大石氏が遠い異国に移住してきて子孫が静岡県に大発生したということは考えられない。逆に静岡から福岡に行くことも江戸時代までは移動が自由でなかったし、江戸はともかく福岡に行く理由がないからまず考えられない。静岡〜関東であっても箱根の関所は越えがたく江戸に入るのは難しかった。戦時のために大河には橋をかけなかったので藩(国)をまたいだ人と物資の移動はほとんどなかった。各地に人口の塊のある大石氏が、相互に関係があったとは考えられず、別々に子孫を残してきたと考えるのが妥当だ。顔つきからいって静岡の大石特有の顔があるが、他県の大石(写真家の大石芳野とか大石恵とか)と異なる。眉が太く彫りが深い特徴的な静岡の大石顔なのがタレントの大石吾朗。このタレントは静岡県出身者を名乗り静岡放送によく出演していたが、最近の経歴では神奈川県出身となっているが嘘だ。静岡県の衆議院議員に大石秀政(海部内閣で郵政大臣の大石千八の子)がいる。選挙区が違うので接点はない。大石秀政・千八が自分が皇族の末裔であるとか大石神影流の大石進と血のつながりがあるとか先祖が武士だとか木曽義仲の子孫だなどと大仰なことを言ってない。すべて俺を利用しようとする部落民の中村恭己の作り話だ。

タイトルとURLをコピーしました