犯人は中村

送信している犯人は中村恭己(76)だ。大内純子じゃない。女のふりをしたカマだ。さっき「ペドフィル」という単語の送信があったのでわかった。きのう再公開した動画で俺が使っていた単語だ。知識や情報のインプットが、俺から聞いた知識や情報しかなかった中村。自分で英単語や情報に接して、それを使う能力がない中村。情報を感じ取る感性がない中村。俺というフィルターを通してでしか宗教も芸術も理解できなかった中村。俺が言ったことを、すぐ自分で得た情報のように、オウム返しで言った中村。障害者児童特有の性格だ。親が噛んで含んで与えた情報しか理解できず、その乏しい情報から妄想した世界しか持てない発達障害者特有の視野の狭さだ。

「一部で喫茶店をやっていた」と事実無根の送信をやめろ。大石房男公認会計士・税理士事務所のどこに喫茶店などあったか?なぜ公認会計士が飲食店を兼業せねばならない?デタラメを流布するな。父は清水税務署管内で高額所得者番付に入ったこともある。飲食店などやる必要がない。

アニメの巨人の星の土建労働者の父親が、息子を野球選手にするために虐待する話を、丸山眞男が俺を徹底的に弾圧する様子になぞらる低俗さは、中村が貧困家庭に育ったからというよりも、発達障害者で良質な文化を選び取ることができなかったからだ。(俺は丸山眞男の子でも弟子でも後継者でもない。俺の父は公認会計士・税理士の大石房男だ。父は裕福であり暴力をふるうような父親でもない)しかし丸山眞男の権威をまとうと、巨人の星・タイガーマスク・仮面ライダーのイジメで世界が動く。中村と発達障害者友達のイーロン・マスクのニューラリンクのワイヤーが違法手術で俺の脳にぶち込まれた。

(仮面ライダーは、城西大(≒東大)2年の本郷猛が、再興を目論むナチスの残党のショッカーに捕まり、強制手術で機械を埋められサイボーグの仮面ライダーにさせられたが、抵抗してショッカーを潰すために戦うというストーリー。そのストーリで世界を動かして俺をイジメ。イジメのやり方さえ誰かのコピー。オリジナルなしの中村)

中村は、今目の前で起きていること、今番組で流れている内容さえ理解できず、俺の解説があって初めて理解した。だからワーグナーのオペラニーベルングの指輪も俺の感想がなければ理解できなかった。上野の国立博物館に行ったとき、俺の感想と解説ににいたく感動し、そのとき展示されていた長谷川等伯の絵について俺が話した内容で初めて絵に感動し、それを自分で感じ取ったかのようにすぐその場で他の者にしゃべった。そういう中村の態度は不愉快だったけれども、障害者なので仕方がないと許していた。すぐ真似する子供と同じだ。中村はそのとき俺が解説した長谷川等伯の絵を調子に乗って周囲に喋り(丸山眞男学派にも)、その結果ゴミの直木賞に「長谷川等伯」という題名の小説が選ばれている。中村はワーグナーで世界を動かしているのではなく、俺が述べたワーグナーの感想で世界を動かしている。中村はナチスをドイツに学んだのではなくて、俺がナチスについて喋った知識で日本とドイツをナチス化しようとしている。中村に喋った内容は次の通り。「第一次大戦で敗北したドイツが周辺諸国に多額の賠償金を背負わされた結果、深刻な不況に陥り、それを打開するためにドイツ(ワイマール共和国)が大規模な金融緩和をやって大量の紙幣を増刷したが、パン一斤買うのにリヤカーに満載した紙幣が必要なほどのハイパーインフレが起きた。その経済的混乱に乗じて優生思想と人種差別主義・ドイツ民族至上主義・対外強硬主義を述べたポピュリズム社会民族主義政党のナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)が、貧困層の大衆の支持を受けて伸長し、政権を奪取し、全権委任法を通してヒトラーが独裁を始め、周辺諸国に軍事侵攻し、第二次世界大戦が始まった」

黒田日銀総裁のMMTを論拠にした異次元金融緩和はこのシナリオに乗ったもので、今後日本でもしハイパーインフレが起きても、それはそれでナチス再興に好条件となる、と中村や丸山彰は考えている。

中村は政治をやるにしても、音楽をやるにしても、自分で構想が立てられない。すべてが俺から盗んだものだが、重要なのはそれが俺から聞いたままではなく、中村に都合よく部分が改変されているということだ。(「アップルのパソコンには一太郎がいい」などの嘘)しかし、バカな学者世界は、中村の話を鵜呑みにして、それで世界が動いていく・・・・。権威主義というものの、なんという罪深さ。長い人類の営為を無にする。陳腐で低俗な中村主席様の嘘に動かされる世界。中村に何一つオリジナルがない。よくここまでモノマネして恥ずかしくないかと思うが、それが障害者としての生き方だから構わないと中村自身が考えている。だから、俺自身が大したことと思わない知識でもそれを盗んで、丸山眞男の後継者の権威でくるんで、教条のように世界に広めている。そんなことまで覚えているのか、と驚くほど、俺のささいな事物まで中村は覚えていて、それを自分で考えたこと(思想)として世界に広めている。大石のすべてがネタになると。俺が中村の家に捨ててきた曹洞宗の「修証義」に、臨済宗特有の修行である公案についての俺の話を混ぜて、ありえない「曹洞宗で公案」の話を捏造し、座禅もできないのに禅の達人であるかのように気取り、丸山中村思想に加えた。あれもこれも丸山ブランド。丸山眞男が大嫌いな仏教も美術も丸山ブランドで販売。イタリア車メーカーが車と無関係の洋服やバッグや自転車を同じブランドで売るのと同じ商法。

(鳥獣戯画図のレプリカも中村の家に捨ててきた。うまいが漫画すぎ、絵しては程度が低い。人為が強すぎ、鳥や獣の絵ではなく、人間の感情を動物で表現した漫画。仏教を嘲笑しており好きでない)

俺が自力で訳したロックのボヘミアン・ラプソディーの歌詞や、中村に頼まれて翻訳したホロビッツのCDに入っていたホロビッツの作文などを、聖典化して、ゴミの映画界と組んでボヘミアン・ラプソディーという映画まで作ってしまった。「ブライアン・メイが作ったギターの音は内閉的で、思春期の若者の心をよく表している」といってるだろうがそれは俺からのパクリだ。しかし俺の感想だけではなく、そこに嘘をねじ込むのが中村流。この曲がヒットした当時、「男子中高生がクイーンに夢中になっていた」などということはありえない。歴史の捏造だ。クイーン(「おかま」の意味)は今でいうビジュアル系の美青年バンドで、ファンの大半は若い女性だった。明大副学長の牛尾(中村)奈緒美が静岡雙葉学園女子中生のとき、クイーンの大ファンで追っかけまでやっていた話を、当時静岡大付属中生だった兄が聞いて大爆笑していた。クイーンはジャニーズに近い存在だったからだ。だから普通の男子中高生はクイーンのファンにはならない。でも、まだカネが欲しいブライアン・メイや音楽業界は、中村が捏造した話を追認して歴史を改変している。

(クイーンのDVD「ジュエルズ」では、エイズで若死にしたフレディ・マーキュリーの貴重な歌声に、メイが後付けで演奏したド派手なギターを重ねて、それに古い動画に重ねてDVDにして売っているが、ここまで現実を改ざんして許されるのだろうか?カナダのピアニストのグレン・グールドの最近のCDは、リミックスと称して音源を改ざんしてるが許されるのか?そんなもの聞いて嬉しいのか?ほんとにフルトベングラーが指揮したかもわからないCD聞いて嬉しいのか?数年前近所の有栖川公園の植木に隠れでしゃがんでボブ・ディランのJust like a woman を歌った翌日、「ブライアン・メイが自宅の庭の手入れ中、尻に植木が刺さって大怪我した」という記事が流れた。中村の話で映画で儲けたカマのメイの仕業だった。)

「曹洞宗で公案」がありえないことを、曹洞宗の坊主ならわからないはずがないが、丸山の権威とカネが欲しい革命部落坊主たちは、道元の教えに反して中村の話を追認してしまっている。中村と丸山のせいで日本の文化がどんどん変えられ無意味になって消えていく。中村が大ファンのホモ作家三島由紀夫(平岡公威)が武士で武士道の体現者などいう嘘もだ。かつて武士で三島のように自分の好みで腹を切って自殺した者は一人もいない。武士は主君に雇われた戦士であって、軍人であって、自殺は許されてない。切腹とは処刑のことで、平民ならはりつけにされ何度も槍で刺されて苦しみながら処刑されるところを、武士には切腹が許され、介錯させて苦しまずに処刑される特権を与えられていたことを切腹というのだ。だから切腹は誰かに命じられてするのもので、三島のように誰にも命令されてないのに切腹するのは単なる自殺にすぎない。才能の枯渇した作家の抗議を込めたパフォーマンス自殺に過ぎない。自傷パフォーマンスは韓国人が国会前で抗議の指詰めをするのに似ている。三島が葉隠のごく一部を引用して「武士道とは死ぬこととみつけたり」といった三島の武士道は嘘であり、自殺は武士のしたことであるかのように伝統文化を改変してはいけない。武士の究極は死ぬことではない。(武士道という言葉自体が明治時代のキリスト教徒の新渡戸稲造が外国人に日本を紹介するためにに作った言葉で日本の伝統には存在しない。剣術・柔術はあったが剣道・柔道は存在してない)武士が自殺を好んだかのように伝統文化を捏造して、三島、太宰、川端らの脆弱な日本人作家に非常に多く、幼稚さの結果でしかない自殺を礼賛してはいけない。国家に命令されて、敵艦に突っ込んで行った10代の特攻隊員の死を、武士プレイ、切腹プレイ、軍隊プレイが好きだったホモの快楽殺人趣味の三島の自殺と同化するような冒とくをしてはいけない。フランス人にデザイン(オートクチュール?プレタポルテ?)させた制服を着て切腹し、彼氏の若者に介錯してもらって、イッてしまった三島の薄汚い死で、まだまだ生を謳歌したいが、国家に自爆攻撃を命じられて死ななければならけなかった特攻隊員を穢してはならない。若者に自爆攻撃を命じた国家と日本軍の愚かさと無能さを追求せず、特攻隊や、燃料がなくて飛べなかったゼロ戦や、俗物の三島まで神格化して、戦争を始めようとしている中村恭己、中村雅俊、丸山彰、全共闘、部落民、自民党、異端革命派らの、丸山中村思想信者の策動を許してはいけない。

朝日新聞社長の前で抗議のピストル自殺した右翼の野村秋介も変。社長を殺したのならいいが、殺せず自殺した野村が変。子供のように「もうあたし死んじゃうから!」で自殺した三島と同じで、死ねば済むと思ってる甘さ。今じゃ自殺を美徳だなんて誰も思わないから「お好きにどうぞ。誰も止めませんよ」と言われるだけ。草をはんでも生き延びるのが合戦の武士。三島に始まる歪曲された日本文化。価値を失って消えていく・・。

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