カトリックとローマ法王はキリスト教への入信の強制をやめろ

カトリックとローマ法王フランシスコは改宗の強制をやめろ。俺は仏教徒だ。禅寺で座禅をする者をキリスト教徒というでたらめをよせ。けさも近所の重秀寺で禅会(座禅会)があったが、お前らが手ぐすね引いて待っていることがわかっていたので行ってない。バカ愛子を容認したというに決まっているので行ってない。または寺と同じ町の服部時計店の皇族やカトリックの聖心女学園卒の三笠宮彬子に結婚を強制されるのがオチだ。座禅は苦行の一種なので臨済宗では信徒に座禅することを強制してない。毎日曜日に座禅に行かなければいけないなどという決まりはない。教会の日曜学校ではない。前提としてまず寺院はあくまでボランティアで臨在禅の普及のために禅会を開いている。座禅したからといってその寺の墓を買わなければいけないという決まりはないが、檀家でもない者が毎回厄介になるのも非常識だ。やはり檀家を優先している。まったく縁のない者や、寄付すら行わない者が、一斉に座禅会にやってきてしまうのは困るというのが寺院の本音で、HPに案内しない寺も多い。反日の丸山眞男・中村恭己一派やキリスト教徒や心理学部の生徒は、いっせいに参禅やってきて寺に迷惑をかけるのをやめろ。臨済宗の信者でない者や心理学の学生は、大勢で座禅を体験したいならその旨僧侶に相談せよ。仏像を礼拝もせず騒ぎながら学生感覚でやってきて聖域の寺を物見遊山や観光の感覚で汚すのをやめろ。

ここは日本だ。日本には世界に誇るべき信教の自由(宗教を信じなくてもいい自由、信じてもいい自由)が憲法で保証されている。

日本国憲法 信教の自由:「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」

たとえローマ法王であっても日本人にキリスト教への改宗を強制することは絶対に許されない。それは法律違反であり犯罪だ。警察の捜査の対象になる。

カトリックと法王によるキリスト教の強制は、オウムが入信を強制したのとまったく同じことであり、やめないなら警察に被害届を提出する。キリスト教音楽のクラシックを公立学校で強制することも絶対に許されない。行き過ぎた西洋音楽教育や、NHKが合唱コンクールで讃美歌のような課題曲を公立小(白金小など=優勝の常連校)の生徒に歌わせることも許されない。クラシックとはキリスト教の宗教音楽のことであり、聴き続ければいずれ改宗を迫られる。「教会音楽ではない」とクラシック側が強弁するベートーベンの「合唱」ですら、歌詞に「創造主」「智天使ケルビム」の言葉がある。それはカトリックの神名であり、「合唱」が宗教音楽以外の何物でもないことを示している。日本人はこれを聞き流してはいけない。「ケルビム」「ポア」「サティアン」などの違和感の強い宗教言語に鈍感であってはならない。クラシックを受け入れることは、日本が徐々にキリスト教に侵略されることを意味する。それこそが、丸山やアムウェイや部落の反日勢力が日本人にクラシックを強く押し付けている真意だ。歴史的に、日本に上陸したキリスト教(特にカトリック)は、日本文化の体系で差別されてきた部落地区を中心に布教してきたので、キリスト教徒=部落民と考えて差し支えない。市川團十郎などの歌舞伎・能役者が、日本の伝統校に通わず青山学院や暁星のキリスト教学校を好むのも、「河原乞食」として学校で差別されないためだ。

元小学生児童ポルノモデルの椎名ももをNHKアナウンサーに採用したNHKに異を唱えず受信料を払った者は、NHKの反社会性を容認したとみなされ、さらに小児性愛者とみなされ、児童ポルノの製造販売を容認したとみなされる。児童ポルノを流す放送局に金を払っているに等しい。暴力団と同等のNHKの脅しに屈し、受信料を払って児童性的虐待の犯罪に加担してはいけない。絶対に払わない決意だけがNHKを解体させる力になる。公共の福祉の理念に反したNHKを日本に存続させてはならない。

俺は仏教徒であって座禅に熟達しているからこそ、仏の功徳でお前らキリスト教徒の策略を事前に察知できたのだ。神通力という。悔しかったら、俺のようになりたければ、お前らキリスト教徒が仏教徒に改宗せよ。俺の類まれな能力を、仏教の秘密を、反日の丸山眞男・ゆか里一派や、愚劣なアムウェイ中村兄弟や、ローマ法王ごときに教えることは絶対にできない。仏教の深淵さに比べ、キリスト教は浅薄で子供だましのようだ。同じ宗教とは思えないほど雲泥の差がある。

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