「写真を焼き捨てろ」と送信があったので以下の写真のことなので再公開する。反社の統一教会の教祖の文鮮明とツーショットで喜ぶバカ皇室。日本人はこんな反社の一族を「国民の象徴」としていることを恥に思え。

きのう「正倉院や伊勢神宮外宮が高床式建築でであることは皇室の先祖が東南アジア由来の土人であることを示している」と書いてから「高円宮久子が上野で正倉院展を鑑賞」と報道されているのでインペリアルマンションの前で大石に暴行した犯人(警官)の元締めはサッカーに関係が深い高円宮だったとわかった。
高円宮といえば、パソコン通信で皇室のことを揶揄して杉並区から静岡市清水区に移住した1996年、わざわざ清水まで脅迫にきた皇室だ。そのとき清水では「草サッカー大会」が開かれていた。全国の小学生が清水に集まってトーナメント戦をする大会だ。その開会式を清水区大手の自宅の道を一本隔てたすぐ近くの清水市立第一中学校(一中)でやっていた。開催の祝砲の花火の音が「ドカーン!ドカーン!」と大音響で響いた。すぐそばで打ち上げているにしてもこんな大音響は聞いたことがない。どこかの軍隊に爆撃されているのではと恐怖を覚えたほどだ。すると一中からサッカー大会のアナウンスが「本日は来賓に高円宮様をお迎えしまして・・・・」と聞こえた。すぐそばに高円宮がいるのだ、さっきの大音響の花火は高円宮の脅迫か、パソコン通信に書いた皇室の揶揄への制裁だ、と理解した。その数か月後の近所の鎮守の小芝神社の祭礼でも異様に大きな音の花火が響き皇室の脅迫に怯えた。それから数年後だったと思うが当時購読していた日経新聞に、高円宮が大石の自宅を24時間盗聴して、大石が歌っているところなど全部録音して所持しているということを示唆する記事があった。パソコン通信で大石にバカにされて皇室権威を毀損sれたので大石にその補償をさせるため、盗聴した録音して販売したということだった。
以前JFAの日本チームが外地に遠征するときいちいち同行する高円宮久子のことを「邪魔者だ。お前がついてきて勝つわけがない。税金の無駄遣いだ」とこのWP(WordPress)で批判した。その直後の就寝中の送信で「存分にやってやりなさい!」(存分に大石を虐待してやりなさい!)と高円宮久子がいっているとあったので大石に強い敵意を持っているとわかった。JFAのユニフォームに不気味な三本足の死体のようなカラスが描かれているがこれは日本神話にでてくる神武天皇を先導したといわれるヤタガラスのこと。でもこんなものユニフォームに描けと命令したのはどうせサッカー利権にさといバカマド宮(高円宮)に決まってるだろう。でもこんなもの描いたら中国チームに勝てないぞ。余計なことをしやがって。などとWPに書いたのでそれをバカマド宮が怒っていた。実は三本足のカラスというのも日本に固有ではなく中国神話に全く同じものがでてくるのだ。中国神話では「太陽が何個も空にでてきて暑くて困るので矢で射たら三本足のカラスとなって堕ちてきた」という話がある。射日神話という。こっちの方が古事記・日本書紀よりはるかに古いので古事記・日本書紀は中国神話の影響を受けて書かれたものと考えられる。「三本足のカラス」という現実に存在しない奇異なキャラが中国と日本で無関係に作られた(自然発生した)とは考えられないからだ。だからJFAのユニフォームに描かれたヤタガラスは対中国戦では敵軍の中国を勝利に導くかもしれず、まがいものの皇室と同様日本の邪魔にしかならないと書いた。
まがいものの皇室というのは初代天皇の神武天皇が中国人であるという有力な説が昔からあるからだ。『魏志倭人伝』を書いた中国の魏の歴史書に『魏略』がある。魏略をはじめ多くの中国の国書の歴史書で倭人は中国古代国家の呉の後裔であり神武天皇は呉の太伯の子孫であるとはっきり書かれているのだ。江戸時代まではこの説が一般的で江戸幕府のブレインだった著名儒学者の林羅山(林派の創始者)が神武天皇中国人説を公言している。またイエズス会の宣教師のジョアン・ロドリゲスが『日本教会史』のなかで「神武天皇は太伯の2番目の弟の李歴の第6代の子孫である」と具体的に示した。
太伯・虞仲 – Wikipedia から抜粋

これらの説は生身の天皇を現人神として神格化して日本支配の原理となしたカルト思想=国家神道を捏造した明治政府の政治家や役人や学者によって隠ぺいされてきた。しかし江戸時代まで世界では天皇=中国人説が一般的だった事実を消すことはできない。「人は死んで神になる」というのが神道の一般的な考え方だったが明治時代になって生身の天皇を神とする現人神の国家神道思想を明治の政治家や役人が捏造した。それまで神道の神は八百万(やおよおず)の神といい無数の神(神社)が並列的に存在すると考えられてきた。しかし国家神道で天皇を最高位に置いたピラミッド型の神道の体系に改編されそれをもって明治政府が地域の神社を政府の末端組織として国民を支配する道具として使ってきた。明治政府は統治目的のために国家神道という宗教を捏造したのだ。だから「神を創ったのは人間だ」と断言できるのだ。

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