犯人はロシア諜報と東海大とソ連系の大内兵衛の子孫の大内純子だ。慶応大医卒の佐倉伸洋がロシアのスパイの東海大の一員として清水駿府病院長の池上直美(東海大医卒)と俺に脳インプラントを秘密裡に埋設した。池上直美はバカ兄の同級生の元フジテレビの牛尾(旧姓中村)奈緒美のことだ。東海大創業者の松前家及び東海大はKGB(現SVR)のスパイだ。松前が作った対外文化協会(本部:港区高輪)はソ連のKGBの下部機関であるとアメリカの公聴会で暴露されている。東海大は凶悪犯罪大学だ。文部省は反社大学の東海大を潰せ。助成金を交付するな。
対外文化協会
慈恵医大及び他の医療機関は東海大の医療犯罪を告発し俺の体から脳インプラントを外せ。きょうの送信で東海大がもう慈恵医大の泌尿器科に手を回し俺を精神科に引き渡そうと画策しているとわかった。慈恵医大には行かない方がいいかもしれない。でももう信頼できる病院がない。治療しなければ糖尿病で死んでしまう。広尾病院、済生会中央病院、赤十字病院と港区の大病院全部に行った。どの医者も同業者の東海大を助け空前絶後の医療犯罪の被害者の俺を助けようとしない。大学という闇、学者という闇、日本の闇。
東海大創業者の松前重義は東北大工卒の電波工学者。元大政翼賛会で戦後公職追放されたため思想的に左翼に転向し社会党右派から立候補して当選して東海大を設立。よって左翼右翼の二股をかけ、冷戦後はソ連だけでなく西側のスパイも務めたと聞く。逓信省(総務省)の技官だったため放送行政に強くFM東京を作ったのも東海大。東海大卒に放送業界人が多いのはこのため。スパイが多いことで知られる社会党右派。左翼右派で反共主義の国家社会主義ドイツ労働者党=ナチスにポジションが同じ。今思い出す東海大の学園祭の儀式はナチスの儀式にそっくり。松前がナチスかぶれだったと思われる。
松前重義の子孫:松前達郎は高野連会長で対文協会長。松前紀男は芸大卒の作曲家、日本放送、フランスストラスブール大社会学教授、東海大学長、スウェーデン社会研究所、北海道音楽館長、紀男の妻の澄子の義父は子爵の池田清就。松前仰は早大卒でNHK入局、社会党衆議院議員、細川内閣で郵政政務次官。松前義昭は工学者でNEC入社、首都大学野球連盟会長。
あと下っ端(ノンキャリア)警官の出身大学で多いのは日大、国士館大、帝京大、東海大の順。
このままでは治療も受けられず生きられないのでいざとなったらどこかに政治亡命したいので近所の大使館は受け入れて欲しい。人権と人道を尊重して欲しい。どこに逃げればいいかはわからないが・・・・。
松前家の先祖の蝦夷地(北海道)の松前藩の松前氏(蠣崎氏)はアイヌとの混血氏族。蠣崎氏がアイヌとの混成部隊でアイヌの反乱を鎮たという功績で徳川家康にアイヌの地名のマトゥマエにちなむ松前の名を賜ったことが松前氏の始まり。小学校の卒業式に東海大総長の松前重義がやってきて生徒全員と握手したので眞近で見たので知っているが変わった風貌の人だった。酒を飲んでいるのか赤黒い顔に見えた。まだ謝恩会の前だから酒は入っていなかったはずだが・・・・・。
俺が小学校に在学中に学校と同じ清水区三保地区に東海大海洋博物館(水族館)ができたが、東京から視察にきた松前重義が付近の料理屋の看板の「海賊焼」に腹を立て外せと命令した。意味がわからない料理屋の主人はそれに抵抗したがなぜ海賊焼がいけないのかは自分たち生徒にもわからなかった。後年この件を思い出してみるとアイヌの松前が自分のことを海賊とバカにされていると思ったからだとしか考えられない。小学校の就学旅行は北海道でアイヌの白老部落を訪問してアイヌのクマの木彫り実演やムックリ(口琴)演奏を見た。後年フィンランドのサーミ人とか北欧の先住民族も口琴を演奏する文化があると知った。東海大は一時北欧少数民族言語科を設置していたが松前重義の趣味だろう。北欧のバイキングは海賊だから松前は気にしたのだろう。
ここにも丸山眞男、正統と異端(部落・アイヌ)革命理論。
松前重義の経歴で真っ赤な嘘なのがキリスト教徒で東海大は聖書の研究から始まったとかいうデタラメ。東海大付属小はソ連式の無宗教なのが特徴では一度もクリスマス会も盆も正月行事もやってないし学校で聖書なんか一度も読んだこともない。戦後社会主義者に転校した元右翼の風見鶏の松前重義はソ連・東欧かぶれでしょっちゅう行っていたし、東海大付属小の当時の制服は男子も女子もソ連のピオニール(共産主義少年団)か中国の紅衛兵のような真っ赤なネクタイだった。女子でネクタイというのは日本では珍しいがソ連と北朝鮮・中国には多い。国家神道という宗教で「日本は神国だからどんなにアメリカが強くても絶対に負けない」と信じさせられて戦争をさせられた戦争体験者は父を含めて戦後すべての宗教を嫌う傾向があったが、東海大の「これからは宗教ではなく科学の時代」を気に入った。旧清水市で私立小学校というと静岡星美(サレジオ)小と東海大付属小があるがあえて無宗教の東海大を選んだといういきさつがある。しかしクリスマス会さえやらない東海大の松前重義が内村鑑三の弟子のキリスト教徒(丸山眞男の東大の師匠の南原繫の経歴のマネ)だという嘘には憤りを禁じ得ないが、でも九条の会のリーダーの丸山眞男が右翼だなどという大嘘がまかり通る日本の学校のこと、松前の嘘を俺が指摘してもどうにもならないことだ。それに地方の底辺学校が生徒不足に悩んでなんちゃってミッション系に宗旨替えするのはよくあることなのでバカ東海もキリスト教学校だと宣伝した方が有利と判断したのだろう。東海大付属小(東海大翔洋小)も無節操で開校当初は「東海大は勉強をさせる学校」と宣伝していたが東海大の生徒のあまりの低偏差値ゆえそれがいえなくなって松前の好きな柔道と野球を中心にスポーツ学校に転身し生徒数の不足を補った。この際金を使って全国から野球や柔道にたけた生徒を集めて寮まで用意して東海大に転校させるのが東海大の特徴で九州の魚屋の倅の金メダリストの山下も原辰徳の親子も金で東海大にやってきた口だ。まさに「学商」の畜生の松前重義のなせる業だ。
しかし教師とあろう者がここまで平気で嘘をつくようになった日本、本当に衰退したのだなと痛感する。学長が平気で経歴詐称するのだから、芸能人や都知事が経歴詐称するのは当たり前、日本はそういう国になってしまった。医者というのも医学部という学閥の人間、松前のように腐敗して不正を働くのも当然か。もはや医道も人道もない。東海大医学部ができたのは俺が小学生のころで寄付金2000万出せばバカでも入れると学内では言われていた。松前は工学者なので東海大医学部では昔から「人間と機械の融合」とか「サイボーグ研究」が盛ん。マイクロチップ脳インプラント埋設の人体実験を最初に強行する大学といえばまず東海大以外に考えられない。東海大医学部は日本で最初に安楽死を強行した大学として悪名高い。東海大は人権や民主主義思想が欠如している。
俺が小2のときの担任の遠藤初枝は研修と称しソ連に1カ月近く旅行に行った。米ソ冷戦が激しく民間人の共産圏への渡航が厳しく制限されていた時代なので「鉄のカーテン」の向こうに行くのは常識では考えられないこと。しかし冷戦劇化の時代も文化・スポーツ・学術目的なら共産圏へ自由に行き来でき、東海大は柔道と野球を共産圏に伝えたがその裏でスパイ活動を行っていたことがはっきりしている。コンサートで行き来できるクラシックの音楽家にもスパイが非常に多い。プーチンは東海大に柔道を習ったのかもしれず東海大=ロシア諜報と考えるべきだ。JOC山下の東海大の柔道なんて反講道館系のソ連系・サンボ系柔道で異端の武道というべき。俺は東海大付属小武道部で剣道と少林寺拳法を習ったが武道場に神棚も国旗もなかった。やっぱソ連の松前だな、と思っていた。
アイヌ(唖犬、愛奴)の東海大=愛子大の異端による正統に対する革命が進行中。
俺の体の脳インプラントチップ、これどうやって外せばいい?日本の医者はダメだ。どこの医者なら外してくれる?イスラム教徒の医者か?そんならイスラム教徒になってもいい。
卒業アルバムの松前重義。
斎藤 伊藤 半沢 大石
半沢は三保にあった日本鋼管(現JFE)の工員の息子。その後清水工場撤退により半沢は品川区に転居した。勉強ができないくせに東京の会社だと威張っていた。当時大ブームだった超能力者のユリ・ゲラーがテレビに出た翌日学校でその話題で持ち切りになったが、朝日新聞をとっているのが自慢の半沢は超能力をトリックだと否定した天声人語をわざわざ持ってきてクラス会でしゃべったので一同しらーっとした。半沢は今も都内にいるはず。
東海大付属小の理科教師の渡辺(その後校長)は隣の東海大工業高校の理科教師でついでに小学校に教えに来ていたが小学校の教員免許を所持していなかった。本人に聞いたことなので事実だ。海浜の学校なので東日本大震災後浜から離れた折戸地区に移転した。僻地に学校を作ったのは松前重義が旧日本軍の予科練の出身でこの浜に予科練基地があったから。渡辺は清水東高にサッカー枠で入学した人物で理科のほかサッカーも教えた。学校の周囲はビニールハウス農家。促成栽培のいちごが有名だったがOPEC設立後原油が暴騰してハウスを温める燃料費がだせなくなり同級生の川口や遠藤など廃業した農家が多い。
修学旅行先の北海道。アイヌ部落を訪問。当時は全国で蒸気機関車ブーム。
佐倉伸洋。清水区蛇塚生まれ。その後清水四中、清水東高、慶応大医学部。診療案内 | 佐倉耳鼻咽喉科医院 4年次でレバノンから転校してきた三井物産の息子の若林功が6年次で再び南アフリカへ転出した代わりに入ってきたのが帰国子女の大村卓也。親はフランス大使館員。なぜ清水にフランス大使館員がいたのかは分からない。井田隆浩の親は住友商事。当時清水魚市場は冷凍マグロの水揚げが日本一で買い付けにくる商社マンが多かった。でも生徒の親には農家と工員が多かった。清水は造船所や製鉄所や日立の大工場の町。85年のプラザ合意後円高が襲ってこれらの工場のほとんどは清水から撤退し町には失業者があふれた。今は漁師も消えマグロ漁船の造船所も潰れ魚市場は閑散として当時の清水港の繁栄を忍ばせるものは何もない。当時から操業している三保の三井フロロケミカル(デュポン系)で長年PFASを河川や港に大量に捨てていたことが最近わかり、子供の俺もPFASに汚染された野菜や果物を食っていたと思われ大変気になる。低身長もそのせいかもしれない。政府は早くPFAS健診を実施すべきだ。
牛尾奈緒美の実妹の中村仁美。姉妹なので当時の中村(牛尾)奈緒美とそっくり。でもリフォーム後の今は別人のよう。
現在東京都北区の上中里でかなえ歯科 を開業している竹内嘉苗(その後静岡大付属中、清水東高、東京医科歯科大)。エコノミストで清水東高同窓会長の竹内宏の親戚。ドクター紹介|上中里の歯医者 かなえ歯科
要するに東海大が俺一人を全員でリンチ。
丸山眞男長男の丸山彰(数学者)の名前で検索すると東海大の数学科に同姓同名の人物がいたので本人だろう。2005年ごろ数学者の秋山仁が東海大清水キャンパスで教えていてよくテレビで俺を睨むようなキチガイ顔で見た。丸山彰の脅しなのだろうと思っていた。秋山仁は同級生の電気屋の中村仁と製麺所の秋山美紀の合成語なのだとすぐわかる名前だ。
丸山彰。
丸山眞男と丸山彰。きつい天然パーマ。
https://ooishiatsumi.info/wp-content/uploads/2023/07/丸山彰44.jpg
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