刑法学者丸山眞男が自分をアウティングした

1996年4月に新年度が始まった「天才てれびくん」(放送開始2年目)に営利の子役=ファッションモデル系やグラビア系やジャニーズなどの子役が起用された。前年まで児童劇団出身の子役しか出演していなかったので驚いた。当時国内最大のパソコン通信網のニフティーサーブのテレビフォーラムAに「NHK/天才てれびくんホカ」板があり、子役を見て刺激を受けた俺はその板に思いを書き続け始めた。その内容が権力に対する批判=皇室を揶揄するものであったり、名前はださなかったが暗に丸山眞男を批判するものであったため、読者に喜ばれると同時に当局(警察・米軍)に目をつけられる事態となった。特に「NHK教育が営利の子役を使ってもいいのか!児童性的虐待の噂がある事務所の子役(生田とうまと伊藤りょうすけ)を使ってもいいのか!」と書いた。これにNHKは激震したとその後面会した天才てれびくんのプロデューサーは言った。

NHK板に書き始めてから1ヶ月くらいして中村恭己の家に丸山ゆか里から封書が届いた。(33歳の大石敦巳はこのとき中村の家の天井裏部屋に閉じ込められるように住まわされていた)中村はその封書を見せにきた。文面には「来る*月*日に丸山眞男の特集番組がETVにて放送されます」とだけ書かれていた。中村は「これ見ろってこと?でもETVって何?」と聞いた。俺は「教育テレビのことじゃないの?」と答えた。当時ETVという言葉は一般的ではなかった。ゆか里の真意を計りかねたがその後NHK板に半年以上書き続けてから意味を理解した。ゆか里は「ジャニーズの性的虐待を問題にすることは業界のやタブーだからやめなさい。それを教育と関連付けるのもやめなさい」と圧力をかけてきたのだ。「教育テレビと書くのはやめて」という意味で文面にETVと書いたのだ。後年丸山眞男の実の兄の丸山鉄男がNHKの「のどじまん」のプロデューサーだという事実を知る。鉄男はレコード大賞特別賞を受賞し、コロムビアレコードの取締役になった人だ。だから眞男もギョーカイ人だったのだ。だからジャニーズの児童性的問題を書いた俺を弾圧しにきたのだ。このときすでに週刊誌が「ジャニー喜多川のホモセクハラ行為」を報じていてジャニーがそういう人であることが徐々に知られつつあった。このとき丸山眞男がジャニー喜多川の少年への性暴行を社会学や政治学の問題の俎上に載せておれば、その後数千人に及ぶ少年の被害者はいなかったことはいうまでもない。丸山眞男なんて、権力を補完する御用学者であり、文系の学問なんか役に立たないと痛切に感じた。しかし33歳の若い男の満たされない欲望のエネルギーはすごかった。「地球に杭を間断なく打ち込んで自転を逆方向に回す気で書き続けてやる!」と板への投稿を続けた。俺を「振り袖火事の八百屋お七」という者もいたし、炎上して崩壊していく世界を見てそれを「プロトコル」と呼ぶ者もいて、コピーされ地下出版され大量に出回った。(このNHK板の最初から最後まで完全記録した通信ログをちゃんと保存して今も手元にある)。

女子高生の「援助交際」が初めて現れたのはこの年の夏のことだ。プロの売春婦ではない「ガン黒・ヤマンバ」ファッションの普通の女子高生が性を売るようになった。私服で自由な都立高生でも俺の高校時代には女子の売春なんてまずありえなかったことだった。俺が書いたことが火をつけたのかもしれなかった。「小学生の子役だってこんなに書かれてんのにアタシに男がいないなんて!」と思われ女子高生を走らせたかもしれない。

その頃、生存中の丸山眞男が岩波書店から「丸山眞男集」を発売し始めていた。俺がNHK板に書き始めた1996年4月に発刊されたのがこの「丸山眞男集第一巻」だ。これが本屋に大量に積み上げられていた。中村恭己は全巻「著者進呈」のサイン入り本を眞男にプレゼントされていたが俺に読ませようとしなかった。高い本だったので到底買う気にはなれなかったが目次を見て不安になった。第一巻の巻頭に「ハレ・性犯罪の社会的原因」がきている。「これはNHK板で子役への思いとそれが満たされぬ恨みから権力を批判した俺のことを言っているのではないか?」。まだインターネットの時代ではなかったので株の本を見に毎週のように来きていた紀伊国屋書店で、味方だと思っていた丸山まで警察側なのかと・・・・。感じ狭く混雑した不快な新宿の本屋の階段を降りながら、気分がバサバサになった。寂しくて・・・・友達は誰もいないし・・・・子役のことを考えると苦しくなるし・・・・。丸山の著書で絶望した。

「ハレ「性犯罪の社会的原因」訳者註」の本文はたったこれだけだ。1頁だ。

(本文)
フェリックス・ハレは、独逸に於けるマルキシズム刑法学者としては最高の人である。弁護士でもあるが、又非常にすぐれた理論家でもある。ストーチカ、パシュカーニス等のソヴェートの法律家と親しく1927年にはパシュカーニスの招待でアカデミーに出掛けて行った。現在ではナチ革命の犠牲者として囹圄(れいぎょ)の身となっていると聞く。著書として「性生活と刑法」「1927年の独逸刑法草案に於ける性犯罪の規定」尚(なお)その他一般刑法教科書、社会生活的な本が多数ある。「性生活と刑法」(1931年)は現在の市民社会に於ける刑法の基礎観念、性犯罪の基本的原因などを、彼の性科学、社会観から科学的に検討せるもの。1932年ナチ権力以前に書かれた本である。本号に訳載した「性犯罪の社会的原因」は第二章「刑事政策と性犯罪」の第二節にあたる。 (東大春秋、第三巻四号、1936年8月)

丸山眞男集 第一巻 第8回配本 善16巻・別巻1)

1996年四月十五日 発行

定価 3,800円(本体3,689円)

著者 丸山眞男

発行者 安江良介

発行所 株式会社 岩波書店

101-02 東京都千代田区一ツ橋2-5-5

電話 案内 03-5210-4000

印刷・理想社  函印刷・精興社  製本・牧製本

たったこれだけの本文をわざわざ全集の巻頭に持ってくる必要があったのか?やはり俺に死刑宣告するためにこれを出版したのではないか?本文から丸山は刑法学者で性犯罪の専門家だったことがわかる。だから丸山が「刑法学者としてお前の性的嗜好を許すことはできない。これ以上権力への批判を繰り返すならアウティングして抹殺する」という死刑宣告だったのだ。今も続く人権侵害と弾圧と迫害と差別・BCIマイクロチッピングによる人間のモルモット化・奴隷化は東大と法曹の権威の丸山眞男が始めたことだったのだ。そのため自分は恋や性の喜びを放棄せざるを得なくなった。アウティングされたら終わりだからだ。しかし丸山に負けるわけにはいかない。必ず復讐してやろうと。たった一人で阿羅漢のような激しい禁欲生活を送った。今ではなんともなくなった。性能力も枯渇し糖尿病から不能になった。童貞のまま死を迎えるだろう。

 

 

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